渾身の自己紹介します。

渾身の自己紹介します。

家族・・30歳男(私)。妻30歳。0歳の息子。
 
仕事・・保険営業、FP。個人事業主でやってます。
 
趣味・・携帯ゲーム。映画。
 
大学・・早稲田大学
 
部活・・野球部(大学まで)
 
住んでいるところ・・神奈川県横浜市
 
出身・・大阪
こんな感じです。

 

高校時代から2浪まで


 
高校までは大阪の府立高校。進学高ではなく、ごく普通の高校。高校時代は勉強を1ミリもしておらず、部活が野球部だったので野球だけしていた。その後、案の定、浪人。
親が高い金を払い、浪人1年分の予備校代を代々木ゼミナールに払うも、ドラクエにはまり、予備校には、ほぼ行かず、1浪目が終わり、受けた大学に全部落ちる。一緒に浪人した高校の友達は全員、関西の私立大学に合格。私だけ全落ち。ドラクエばっかりやっていたので当たり前だが、さすがにこの時は泣く。人生なめてたなと
「この劣等感をぶち抜いて、人生ひっくり返すには、一緒に浪人した奴以上の大学に行かなあかんな。」と。
 
そんな時、夜、テレビを見ていると、スポーツニュースで当時爆発的フィーバーを引き起こした、ハンカチ王子(斎藤祐樹さん)登場。
実は私と同じ歳。
早稲田の野球部のユニフォームを着てテレビに出ている国民的スーパースターと、同い歳にも関わらず、勉強もせず仕事もせず浪人しても勉強しないクズ野郎。
「同じ年齢でも、こんな違うか。俺もこいつと同じ壇上に上がってやる。こいつと同じ生活の環境に身をおいてやる。」と決め2浪目を決意する。早稲田大学を目指し2浪目がスタートする。
 
が、高校3年間勉強ゼロ。1浪目、ドラクエしかしていない。大袈裟ではなく偏差値30くらいか。中学英語からスタートするか?のレベル。しかも、親に「もう1年、高い予備校代払って」とは到底言えず、予備校には通わず、家の近くのマクドナルドで勉強することに。
一番辛かったのは、成人式の日。同年代の友達はみんなスーツを着て成人式に向かう姿を、参考書片手にマクドナルドの窓から見ていたこと。「俺は何をしてんねん。」と。 成人式に出席しないくらい、1年間1日も休まず、1日12時間以上は勉強した。
 
結果、人間科学部という早稲田の中では、一番簡単な学部にのみ合格する。斎藤祐樹さんが僕の人生を変えてくれました。
 
 
少し前に「ビリギャル」という映画が流行ったのを知っているだろうか?不良っぽい少女が猛勉強して慶應に合格するというやつ。
 
多分、この映画より俺の方がすごいなと。


 
早稲田入学後は、野球部に入部。


もはや、早稲田の野球部に入るために2浪目を頑張ったので。
当時の早稲田はもはやプロ野球予備軍。死ぬほど強かったし、死ぬほど厳しかった(いろんな意味で。詳しくは書けません)。
 
全国から集まる野球エリートの中に、大阪の弱小高校出身の2浪一般入試の選手が混じる。
最初は場違い感が半端じゃなかった。
 
が、「偏差値30からマクドナルドで勉強して早稲田受かったから、ここでも下剋上できるやろ。」と謎の自信MAX。
結果、大学3年の時に一瞬だけ1軍の試合に出たが、4年になると、甲子園優勝投手が1年で入部してきてそいつに1軍の投手枠を奪われ、野球選手としての将来を諦める。ちなみにピッチャーやってました。使い物にならない遅いストレートと一級品のスライダー。あとチェンジアップとか。「ストレートさえもう少し速ければ」とずっと思っていた。同時に努力では超えられない壁を感じたのもこの頃。


 
大学卒業後、野村證券入社。広島支店配属。4年間、富裕層相手に営業をしました。


営業の仕事は好きだし、「金融」の変化し続ける感じも好きになる。
また、営業においては、野球をしていた時とは逆の感覚。周りの人の半分の努力で勝てると感じるようになる。(野球をやっていた時は、どれだけ努力してもセンス的に勝てないと最後は感じた)。
 
その後、会社員を辞めて今の仕事に。
この会社を辞めた理由は前書いたので飛ばします。(「野村證券を辞めた理由を暴露します」の記事はこちら)

早稲田野球部については、動画貼ってるので見てみてください。